2017年5月29日 (月)

■ブログ再開宣言■ - Diary -

第二次ブログブームなんだそうです。事情はわかりません。

4年近く休業でしたが、Facebook等を初めてみて、ふと書きたくなって再開することにしました。
まっ、管理職で忙しかったのが暇になったし。
下記の記事のGSR750は元気です。
これからリニューアルします。まっ、つぶやいても誰も見ないかもしれないが。

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2012年1月 1日 (日)

■謹賀新年■ ーDiaryー

新年明けましておめでとうございます。
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2011年8月18日 (木)

■暑いです・・・が 閑話休題■ ーDiaryー

札幌は一昨日の雨から気温がぐっと下がり吹く風も爽やかになり過ごしやすい毎日になった。首都圏は最高気温が36度とかだから10度近くも低く、さらに風が吹くので体感温度はもう少し低い。誠に申し訳ない。ただ、子どもの頃も高校野球の頃は厳しい暑さだった記憶があるので、首都圏と札幌のデーターを気象庁の過去の記録で調べてみた。やはり最高気温も、それが何日も続く日もさほど現在とは変わっていなかった。ただ、北海道の場合はこの十年間の間でも極端な冷夏もあり、Tシャツでは日中もすごせないこともあったので、ここ数年の暑さは納得いかない。しかしニュースで「今日も猛暑です。」っていかにも地球温暖化説の裏付けを暗にほのめかす報道には賛同しかねる。ただ、過去データーで極端に違うなと一目で分かるのは最低気温だ。夜になっても一向に冷えることのない大気温度。札幌でも30度近くても夜になると20度を下回るのが、20,30年前だった。今は20度を平気で超えている。こんなことを年の近い職場の仲間と話していたら、彼曰く「昔は地面が多かったからね。夜はすぐに冷えたし、木や草もいっぱいあったから。」つまりはシティヒートが原因。家もビルが多くコンクリートの蓄熱素材が増えたし。治安も悪くなかったから家はどこでも窓を開け放って寝た。今はスイカもころんと売っていないしなぁ。冷やす物はどこにいったのか。とにかく北海道はお盆が過ぎたら涼しくなると言う定説があるので、昨年のような猛暑が続くのは避けていただきたい。ああ、働きたくない。

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2011年7月16日 (土)

■胆石の手術 その7 胃カメラで胆石を■ ーDiaryー

入院して行ったのがレントゲン。病院がレトロなもので、最近はコンピュータで院内LANが組まれていてあっという間に画像を医師のところに転送される病院も多いのだが、ここは未だにネームを鉛のアルファベットを並べてフィルムに焼き付けるタイプだった。機械の「Shimazu」という文字が大学の時に使った機器のロゴを思い出させて、大丈夫かなと不安にさせた。続いてNMRI。内臓の位置や形を見ると言うことだった。点滴のチューブから造影剤を入れるので、事前に気分が悪くなることがあることを告げられた。また、体が熱くなることも言われた。病院では施術の際に、患者に了解を取るために必ず何でも直前に起こるべきことを前もって言うのだが、これが不安と恐怖を植え付ける。結局、特に何事もなく、かつ点滴の入り口から熱いお湯が入るような感じが、腕に伝わり体に伝わり、全身に行き渡るのが体感できるという程度だった。オペレーターが実体験して詳しく説明できると良いのにと思った。で、先生から説明された「内視鏡的逆行性胆管・・・乳頭・・術」って長いので忘れました。というのをすることに翌日の午後になった。とにかく点滴の回数が前後とも多かった。使ったのは抗生物質らしく雑菌が入ることを極度に恐れている感じがした。点滴自体は小さな牛乳パック程度だがこれが定時に無くなるごとにあるのだった。外来が終わってからの午後の治療だと思うが、その日の昼はもちろん絶食。皆様はカレーだった。香りが病室中に立ちこめて非常に残酷だった。後日ネットでこの治療について書かれている方の様子を読んだが、私は特に恐怖の説明もなく負担も無く終わったので驚いた。皆さんは胆総管が詰まると膵液も供給されなくなり膵炎となって恐ろしいことになることを言われたり、麻酔のリスクがあるので麻酔無しを宣言されたりといろいろつらかったようだ。私は昼過ぎにストレッチャーに載せられて内科の胃カメラを飲むような部屋に連れて行かれた。看護婦さんは二人、先生一人だった。十年ほど前に横腹に針を刺す肝細胞検診をしたことがあるので、準備や雰囲気は同じだった。血圧や心電図を取る器具をつけてマウスピースをくわえさせられた。喉のガラガラもやったような気がするが、あがっていたので覚えていない。そうこうするうちに先生が「ホニャララ○ミリ注入」と言った。たぶん筋弛緩剤か安定剤だろう。正確には「ホニャララ○ミ・・・」までしか覚えていない。なんと、気がついた時には名前を呼ばれて目が覚めた。二時間以上経っていた。あれ、終わったようだ。噂には聞いていたが麻酔系のものの力とはすごいものだ。時間は0秒しか経っていない感じ。上の裏表をひっくり返す時間で事がかわってしまった様子だ。ワープ。向かい側のベッドで仲良くなったおじさまが笑っていて、「あんた、すごいいびきで寝ていたよ。」と言われた。そうなんだ。喉が痛いのは胃カメラよりいびきのせいかもしれなかった。ほどなく先生が現れて「お疲れ様でした。」と私ににこやかに言った。とても気恥ずかしかった。なにも疲れていない。むしろ疲れたのは先生だ。柔らかかったので無事胆石は取れて少しかけらは残ったが、乳頭を切っているので胆汁とともに流れるとのことだった。内科の先生とはその後退院まで会うことはなかった。しかし、意外に後の胆嚢の手術と比べると記憶とはうらはらに体感的にはこちらの方が負担があったような気がする。これが不思議だった。黄疸の解消と言うこともあるのだろうか。「胃」から清浄な胆管にアプローチするので雑菌による炎症をものすごく警戒されて点滴も続き看護婦の監視も2,3日行われた。これは以外だった。というわけで恐怖の胃カメラ治療は何事もなかったように終えていただいた。アルコール駄目な私は風邪薬も子供並みにの量で効くので、注入された「眠ったようなまどろんだ状態」のはずがすっかり寝てしまったのかもしれない。Img_0260
iPhone3GSで撮影


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2011年7月10日 (日)

■胆石の手術 その6 入院手続き■ -Diary-

入院する前に朝のうちに書類を取りに来てほしいといつもの病院で言われていたので、ひとまず栄町に行った。自家用車な私だが地下鉄で向かった。受け取るだけなので数分ですんだが、ロビーで天使病院への経路をiPhoneで調べることにした。退院して振り返ったときに、この数分が一番孤独で空虚だったように思う。頼るものもなく自分で何とかしなければならない中、職場の朝礼では自分のことが連絡されているのだろうなと思うと非日常な世界に入った感じが強くなった。地下鉄でそこからは一本だった。天使病院は札幌でも有名な病院で、ここの産婦人科で生まれる子供は市民の30%近いとも聞いたことがある。最初に「地域なんとか課」を訪ねるように言われ、紹介状やら資料やら保険証、印鑑などの手続き、名前や生年月日を書いて二階の外科病棟に案内された。内科ばかりの私にとって人生初の外科だった。病室は大部屋で6床だったが患者さんはお爺さま中心で私を入れて4人だった。荷物を入れて最初にしたのはお決まりの2計測だ。体重と身長。それが終わって病院着に着替え、テレビ・冷蔵庫用の有料カードなどを購入し、財布や書類なんかを鍵付き引き出しに入れてひとまず落ち着いた。鍵は首から提げていたのだが、これだけが今後入院中のプライバシーとなり、あとは私に隠せるものは無くなっていくのだった。なので妙に首から下げるものが今後愛おしく感じるようになった。横になってしばらくすると婦長さんが挨拶に来た。そして、「黄色いね。」と言われた。この後数人の看護婦さんが来るのだが、その都度同じように「黄色い。」と言われた。ただ、外科病棟担当の看護婦さんはどの方も美しくスレンダーな方が多く、また明るい人ばかりで、このことは2週間あまりの入院でとても救われることとなった。そうこうするうちに内科の先生のお話があると言うことで呼ばれることになった。病院は古く、とっても昭和で、驚いたことにエアコンが無かった。先生の部屋ぐらいはと思ったが、先生も額に汗を浮かべながら私に今後の対応について説明をしてくれた。そしてまたまた「黄色い」と言われたが、職場の人間も家族も気がついていないと言うと、黄色人種は分かりづらく病院関係者の方が敏感に感じ取ると言うことだった。さらに黄色の沈着が抜けるまではしばらくかかるらしい。病状の説明は、かかりつけの病院で言われたように胆嚢から転げ落ちたと思われる石が胆管に詰まって肝臓から流れる胆汁が逆流し、全身に回り黄疸を起こしているということだった。そこで、今後二つの治療を行うという。明日は緊急に内科で詰まっている石を取るという。今でもどうしてこの外科っぽい治療が内科なのか疑問なのだが、次に外科で胆嚢を切除するという説明だった。なんとなく予想はしていたので驚きはしなかったが、説明的には内科的な石の取得が私的には恐ろしかった。簡単にいうと「胃カメラ」で口からアプローチして十二指腸まで奥深く挿入し、そこから乳頭を切除、つづいて開口部からマニュピュレータを挿入し石を捕まえるか破砕するかするというのだ。つまり術が終わるまで胃カメラをずーとくわえていなければならない。ブログで何回か書いているが世界一胃カメラが苦手な私にとってはギロチンより恐ろしい提案である。ここで先生も「というわけで、一時間以上胃カメラを飲んでいなければならない非常に苦しい治療となります。」というのだ。アンビリバボーである。無理。で、すかさず苦手なことを告げて、麻酔的なものがないのか聞いてみた。すると先生は「では、限りなく眠った状態に近くしてみます。」とおっしゃった。なんだ、できるんなら最初からいってやーと思いつつ。黄疸起こしてるくせに恐怖の順序がおかしいじゃないのと考えつつ病室に戻った。で、このあたりから私の体は病院のものとなった。すぐに採血されていつでも点滴がアクセスできるようテフロンな針が手首周辺に指しっぱなしとなりガーゼで覆われた。もう健常人ではない印を身につけることになった。しばらくするとレントゲンとNMRIに呼ばれた。もうご主人様の命じられるままである。とりあえず本日私付きの看護婦さんが来て案内してくれて一階に移動した。ここまでは慌ただしくて同室の方々との交流も挨拶もままならなかった。
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2011年7月 7日 (木)

■胆石の手術 その5 なっちゃった黄疸■ -Diary-

 さて、ネットで「胆石」関連で検索して訪れてくれる方が多いので、不安に思っている人のために続きを書かねばなるまい。こちらとしては「小さい」らしいので内科的治療を決めた前回の決断に沿いたかったし、手術も怖かったので「辞退」した。とりあえず少しの痛みを我慢していると少し慢性化してきたのか痛みは徐々に縮減していった。で、夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬が過ぎ、そして平成22年の春が来た。1年経ったのだ。自分の体に対して懐疑的だったが、脂肪分を取らないようにし、さらになぜか体をクリーンにしたくて天然水を積極的に飲んでいた。
 そうこうするうちに夏が来て7月に入り、出かけた先で軽く中程度の腹痛を感じることがままあった。これが数日続く時期がきた。このころ職場の仲間が「風邪で」腹が痛いというので、わたしもてっきりそうだと思い込んでいた。ところが数日後、トイレに行って驚いた。バリウム検査もしていないのに便が「白い」のだ。一度目は何か食べ物のせいだろうと思った。次の日も白かった。まぁ、詳しく言うとホワイト部分が多いという感じだ。で、これが3回ほど続くと、子どものころから百科事典好きの私のデータベースにひっかかる知識がよぎった。「胆汁がでてないんじゃないのかな」である。つまり、胆管が詰まっているか胆嚢の働きがおかしいということだ。お腹がこれに付随して痛いと言うことがないのでおかしいと思ったが「やばい」と感じて翌日に仕事を早めに終えていつもの病院を訪ねた。担当医はいなかったのだが内科の先生が対応してくれて、症状を話すと「あー。なっちゃたー?」と快活に私に言った。とにかく今日は対応できないので血液検査して明日来てということになった。それで朝一で病院に行くと先生に「黄色い」とすぐにいわれた。その際に体をぽりぽり掻いていると「そのかゆいのも黄疸の症状なんだよね」と言われた。夏なので汗疹と思ったのだが違っていた。「胆管に石が詰まっているのでうちでも取れるんだけど胆嚢のほうもしなきゃいけないから入院かな」とすっぱりと指示が出た。天使病院なんだけど連絡しておくからということだったが明後日に大事な仕事があることを告げると、ひとこと「保たない」と断言された。事態は深刻だったようだ。で、緊急連絡先を告げて即職場に向かった。病休の処理と上司への説明をしなければならなかったのだ。早速私が急に抜けることの緊急ミーティングが開かれた。始まるやいなや病院から電話が入り、先生が心配して入院を早くしたことと、それが明日だと看護婦さんから連絡が来た。びっくりを通り越して、ここから私のまな板タイムが始まった。怖いとか不安とかいうことは感じなくなった。もう波に乗るしかないのだ。どうしようもない。このあたりから精神状態は正常化バイアスが働き、以外に淡々として落ち着いた自分になる。もっと不安で怯えるかと思ったが、治そうとする防衛本能優位になるようだ。そういう訳で夕方まで必要な仕事を済ませて早めに帰宅した。旅行のように荷物を詰め込んだ。このときやって役だったのが爪切りだ。二日前に偶然床屋に行ったのも良かった。そしてしょうがないと感じると先の不安もなく、その日は寝てしまった。

Web


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2011年5月11日 (水)

■桜が咲いた■ -Diary-

近所のサイクリングロードに桜が咲いた。あと二三日で見頃かなというところだろうが、撮影のためにも何とか土曜日までもってほしい。たまたま仕事の帰りにチェックしたが、そういう慌ただしいお花見もやや悲しいかな。
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from iPhone

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2011年5月 7日 (土)

■iPhoneからの投稿■ -Diary-

ココログにはiPhoneから投稿できるアプリが用意されている。形にあまりとらわれないで投稿するなら、モバイルの利用ということではなかなか便利だ。写真はどうかな。
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あれ、写真ロールやカメラから挿入できるようだ。便利だ。掲載画像は、三月に開通した遊歩道だ。札幌駅と大通を地下でつなぐことなった。いまのところ左右に店がなく、天井低く灯りも暗めで「洞窟」を歩いているようで私は息苦しい。これからは信号で止まっても外を歩きたいな。右下のATOK Padのアイコンは何かな?あれ、アプリがチェンジした。なるほど、マルチタスクの良さがあるね。字がこっちは小さいからATOKを使うとするか。

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2011年3月13日 (日)

■春が来ますね■ -Diary-

 東北関東大震災、本当に驚きで心が重くそして痛みます。札幌は緩い揺れが長く続いただけで、その後停電になったわけでもなく平穏な土日でした。ですので報道の映像と政府の発表は周囲の様子と大きく異なり、いつものように暮らす自分に、そしていつものように寝て食べている自分の行動にそこはかとない罪悪感を感じるのです。それにしても原発の様子は不安です。北海道は流通がストップしているし、これからどうなるんだろうなどと晴れた青い空を見上げてそう思うのです。
 二月、三月は病休になった職員が出たりで忙しくてブログはどこかに行っちゃっていました。それでものぞきに来てくれる常連さんはいるようで、申し訳ないので写真だけアップしますね。穏やかな日々が一刻も早くみんなの元に帰ってくることを祈っています。Dscn0086


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2011年1月30日 (日)

■札幌温泉でリラックス■ -Diary-

いつまでも寒いです。と言っても本当に寒いのは2月ですから、これからどうなるのでしょう。雪はどっときてから降らないので、積雪は圧縮され車道はきれいになっていますが。今月は忙しかったというか、苦情処理の月でありまして気分も乗らなかったので気がつけばブログ更新の無く終わりそうです。というわけで、なんか書いとくかと思って月末に一筆啓上。最近は疲れたなぁーと思ったらジャスマック・プラザに行っています。札幌天然温泉っていうか薄野にある温泉ホテルなんですが入浴だけも出来るんです。出来てからかなり経つので老朽化してきたなぁとも思うけど、いつまでも使い勝手は変わらず良くて、私のパワースポットです。午前11時までに入ると結構な割引になるんだけど、私の場合は好きな時間に行くのでJAFのカードを見せて500円近く割引で2,100円で楽しんできます。3時間以内なら駐車も無料です。浴場も広くていいんだけど、お気に入りは檜の露天風呂。まぁ最近は檜もだいぶ草臥れてきているんだけど、今のシーズンだと外は零度で雪もちらほら降りながらの中で入湯するので街中でもなかなかな風情です。頭寒足熱の理想パターンで1時間近く出たり入ったりを繰り返すとすっかり芯から温まり、懲りもほぐれますわ。私のお気に入りは入浴後のリラックスルームで、一つ上の階に広い部屋があってリクライニングシートに浴衣のまま横たわり雑誌など読んで過ごせるのです。飲み物も馬鹿みたいに高くなくて、結構な時間をつぶせます。のんびりしていると湯上がりのリラックス感からいつのまにか「うたた寝」モードに入ります。こうやって寝て、起きたときの気分が最高にいいのですよ。今日なんかはiPad持って行って、ビデオ見て、その後で音楽聞いたまま寝ちゃいました。とりあえず、これで今週の鬱々は消えました。スポーツって言う解消法もあるし、散歩撮影って解消法もあるんだけど、最近はそこまでも行かないお疲れ度なのでこの方法をとっていますね。ちなみに見ていたビデオは撮りだめていた清水国明の「きままにバイク旅」です。あー、ツーリングしてどこかに行ってしまいたい。Dscn0066


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